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 恋よりも重く愛よりも鋭い


 一度だけちらりと見た以前の日吉は、跡部を越えたくてたまらないという顔をしながら、越えられないことを願っているように見えた。むしろ越えられることがない人だと、信じているようにさえ。
 越えられないことを望みながら越えることを目指す、余りにも矛盾している。その強さを何よりも崇拝し憧憬しながら、ぐしゃぐしゃに踏みにじって叩き潰したい、どこか癇癪を覚えた子供のように見えた。己にとっての価値を誰よりも知るからこそ、その価値を認めたくないというような足掻きだった。
 やる気さえ出せば何事も人並み以上にこなせ、誰かに勝ちたい届きたいという思いを、知っては居ても理解しているとは言いがたい財前には遠い、星と星とを隔てて飛んでくる電波に近い感情だった。それだけに、強烈で、鮮烈だった。一瞬の邂逅で顔を覚えるくらいには。

 だが負け組として合流した後の日吉は、敵意や対抗心、崇拝や憧憬が複雑に入り混じった瞳から、不純物がすうと抜けていた。ただ越えることを望み信じ、そのために歩いている。重ねる努力に一本筋が通っていた。この世でもっとも強く美しい剣筋を、愚直なまでに研ぎ抜いた自身の真っ直ぐな一振りで、切ることを確信しているような。それでいて切り倒したとしても、切られたその強さ美しさ価値が一筋も損じないと、既に知っている目をしていた。

 日吉は決めてしまったのだ、と思った。
 何よりも美しく、誰よりも強いテニスを、自分が目指し、越えて、己のテニスを打ち立てる礎を。

 ────ぞくり、と背中が粟立つ。未知の熱が背骨を通り、腹の奥底で湧き上がり、ふつふつと煮えたぎる。

 そのひたむきな眼差しに熱のひとひらも許されないような、清冽な意思。
 最上の獲物を倒すために牙を研ぐ、うつくしい獣を、組み伏せてねじ伏せて食らってしまいたい。
 そんな、凶暴な激情を知ってしまった。
 それが、始まりで。

(18.05.27)


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